へっぽこヘタレアラフィフ親父スキーヤーの管理人です。
この記事は、2025年12月24日時点の内容です。
さて、冬の訪れと共に、今年も地元のスキー場のシーズン券を購入しましたが、
期待していた降雪が全くなく、オープンも延期され、いつ滑れるか分かりません。
2025年も残すところあと数日です。
本来であれば、この時期の管理人は、週末になったら地元のスキー場に滑りにっています。
しかし、今年は違います。
窓の外に広がるのは、冬とは思えない光景・・・
地元のホームゲレンデは、いまだにオープンの目処すら立っていないのが現実です。
❄️ 30年間の慣習という名の「冬の納税」
管理人は、20代の頃から欠かさず地元のスキー場のシーズン券を購入してきました。
もはやそれは趣味というより、「冬を越すための義務」あるいは「地元への納税」に近い感覚だったといっても過言ではありません。
これまでの30年間、もちろん暖冬の年はありました。
1月になっても土が見えていたり、雨に打たれながら重い雪を滑ったりしたこともあります。
しかし、どれほど雪が少なくても、12月の末には「とりあえず一本」は滑れていた。
それがどうでしょう。2025年のこの年末、ゲレンデには雪の欠片もありません。
県外に目を向ければ、標高の高いエリアや豪雪地帯のスキー場は、
人工降雪機や運良く降った天然雪でオープンしているというニュースが流れてきます。
それを見るたびに・・・
なぜ管理人は、あれだけ悩んでいた地元限定の早割シーズン券を買ってしまったのか?と、
自分の先見の明のなさに呆れます。
一般的に、シーズン券の元を取るためには、少なくとも10回前後は通う必要があります。
12月の「正月休み」という、稼ぎ時をまるごと失うことは、
この「損益分岐点」を突破する可能性が絶望的になったことを意味しています。
🎍 正月休みの滑走日数という、絶対的な「生命線」
スキーヤーにとって、年末年始の連休は単なる休日ではありません。
それは、言い換えれば「滑走日数の貯金期間」となります。
例年であれば、仕事から解放された解放感と共に、
朝から晩までゲレンデに籠もります。
ここで4日、5日と日数を稼いでおくことで、シーズン後半に「仕事が忙しくて行けない」や
「天候が悪くて断念した」という不測の事態が起きても、
精神的な安寧を保てるわけです。
しかし、今年はその生命線が断たれました。
正月休みに一本も滑れないとなると、1月以降の週末だけで元を取るのは至難の業。
仕事などを考慮すると、とても元を取るのは無理そう。
そして何より「加齢による急激な体力の低下」を考えると、
もはや今シーズンのシーズン券は、高価な「ゲレンデへの寄付金」と化すことが確定したと言っても良いでしょう。
さらに追い打ちをかけるのが、今シーズンに向けて新調した「おニューのブーツ」の存在。
部屋で不気味なほど新品特有の輝きを放っているそのブーツは、
一度も雪を踏むことなく、管理人の経済的失敗を嘲笑っているかのように感じます。
🍂 消失したスキー熱と認めたくない「老い」
さて、話は変わりますが今回の雪不足で最もショッキングだったのは、
雪が降らないことそのものではなく「雪が降らなくてもあまりイライラしていない自分」に気づいてしまったことです。
20代~40代の頃であれば、この状況に発狂し、片道4時間かけてでも雪のある県外へ遠征していたりしました。
しかし、今の管理人はどうだろうか?
冬に向けてバイクを新調してしまい、そちらに気を取られていることも影響はしているかもしれないが・・・
「雪がないのか・・・じゃあしょうがないな」と、こたつで丸くなっている。
「わざわざ遠くまで運転して、混雑したゲレンデで慣れない雪を滑るなんて、身体がもたない」と、
とさえ感じてきます。
これは、情熱が成熟したのではなく、明らかに「スキー熱の冷却」と「肉体の衰退」でしょう。
確かに近年、体力の衰えは凄まじいものがあります。
スキーを滑った翌日は、全身の倦怠感に襲われ、何事もしたくない。
板を積む作業、ブーツを履く動作、その一つひとつが重労働に感じられる。
そんな状態で「雪がない」という状況は、
実は管理人にとっては「無理をして滑りに行かなくていい免罪符」になってしまっているかもしれません。
💀 「最後のダンス」が不発に終わる悲哀
管理人は、今年を一つの区切りにしようと考えていました。
「シーズン券を買って、ノルマのように回数をこなすスキー」は、今年を最後にしようと。
来年からは気が向いた時にだけ行く、隠居のようなスキーライフに移行するつもりでした。
その「最後の打ち上げ花火」のつもりで購入したシーズン券が、このまま紙屑になろうとしている。
これでは不完全燃焼どころか、導火線に火すらつかないまま、湿気て腐っていく花火と同じです。
世間では「異常気象」や「地球温暖化」が叫ばれ、
スキー場経営の危機が報じられています。
一般人の視点からすれば、「雪がないなら別のレジャーを楽しめばいい」という話でしょう。
しかし、30年をこのスポーツに捧げてきた人間にとって、
雪がない冬は、自分のアイデンティティの一部が空白になるような感覚になるのです。
元も取れず、ニューブーツも使わず、ただ老いだけを実感する年末。
降雪を待ち望む情熱すら枯れ果てた管理人は、今、虚無感と共にカレンダーを見つめています。
この不完全燃焼なまま、管理人はスキーというスポーツからフェードアウトしていくのでしょうか?
雪のないゲレンデのライブカメラを眺めながら、自分自身の「終わりの季節」を感じずにはいられません。
ただ、近年の傾向としては、短期間にドカ雪が降ることが多く、地元のスキー場も雪があっても、
営業期間自体はそんなに長くはありません。
良いシーズンで、12月中旬から3月中旬ごろまでです。
つまり、3か月くらいしか営業期間が無いわけです。
管理人の記憶する限りでもっとも酷いシーズンは、2か月ありませんでした。
ただ、こればかりは自然が相手なので、仕方がありません。
どんなに頑張ったところで、人間がコントロールできる領域ではありませんので・・・



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