寒波到来でまとまった降雪があるもイマイチスキーに行きたいと思わなくなってきた!

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036-ホビー

アラフィフへっぽこヘタレスキーヤーの管理人です。

※この記事は2026年1月23日時点のものです。

窓の外を見れば、数日前から列島を包み込んだ強烈な寒波の影響で、

景色は見事な銀世界へと変わっています。

本来であれば、この「まとまった降雪」というニュースを聞いた瞬間、

管理人の血圧は急上昇し、有給休暇の申請ボタンを連打していたはずでした 。

しかし、どうしたことか。

2026年1月の現在、管理人の心は外の気温以上に冷え切っています 。

かつては「雪が降れば仕事を休んででも行く」という、

社会人として少々危ういレベルの情熱を傾けてきたスキーに対し、

驚くほど「行きたい」という意欲が湧いてこないのです 。

今回は、30年続けた趣味に対して急激に訪れた、

この奇妙で切実な「燃え尽き症候群」は、いったい何なのだろうか?


1. 狂気とも言えた「全盛期」との乖離

管理人のスキー歴は、早いもので30年を数えます 。

かつては、11月中旬の人工降雪機の稼働とともにシーズンインし、

5月のゴールデンウィーク明けに雪が消えるまで、

文字通り雪山に熱心に通い続けていました。

  • 全盛期の記録: 年間滑走日数は多い年で60日 。
  • 近年の傾向: 体力の衰えを感じつつも、年間20日以上は意地でも確保してきた 。

ところが、2025/2026年シーズン。

管理人の中で何かが決定的に壊れました 。

地元のスキー場のシーズン券は「とりあえず」の義務感で購入したものの、

2026年1月23日時点での滑走日数は、わずか5日程度 。

このままではシーズン券の元を取るどころか、

1回あたりの滑走コストがちょっと高価なディナー並みになってしまう計算です 。


2. 「面倒くさい」という抗えない感情

当初は、雪不足が原因だと思っていました。

地元のスキー場が年明けまでオープンできなかったことが、出鼻をくじいたのだと 。

しかし、ここ数日の寒波でコンディションは整い、

新雪・深雪の「パウダー祭り」が開催されているというのに管理人の腰は重いままです 。

かつては気にならなかった「スキーに伴う付帯作業」が、今では苦痛の種でしかありません

  • 暗い内から起き出し、凍てつくフロントガラスの氷を解かす。
  • 重い荷物を積み込み、滑りやすい雪道を神経を使いながら運転する。
  • 極寒の駐車場で、かじかむ手を押してブーツを履き替える。

これらすべてを「喜び」として変換できていた脳内物質が、どうやら枯渇してしまったようです 。

単なる加齢による「面倒くささ」なのか、あるいは情熱の賞味期限が切れてしまったのか?


3. 「30年やってこれか」という絶望感

もっと根本的な理由を深掘りしていくと、そこには自己嫌悪という名の暗い沼が広がっています。

30年もスキーを続けておきながら、一向に「理想の滑り」に手が届かない自分に、

いい加減嫌気がさしたのかもしれません 。

何事もそうですが、中途半端にのめり込むと、上達できないことが最大の悩みになります

「下手ではない。しかし、上手くもない。」

この「中途半端なベテラン」という立ち位置が今の私には耐え難い。

さらに残酷なのは、体力の衰えとともに「昨日より今日の方が下手になっている」という現実を突きつけられることです 。

技術が向上していく高揚感を知っているからこそ、

緩やかに、しかし確実に下手くそになっていく自分を直視するのが我慢できないのです 。


4. アイデンティティの崩壊と自己嫌悪

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管理人がスキーを続け、あるいは様々な資格取得に挑戦してきたのは、

空っぽな自分に「何か」を付け加え、アイデンティティを保つためでした 。

しかし、振り返ってみればどうだろうか?

スキーも、資格も、何一つとして「これだ」と思える結果を残せていない 。

ただ漫然と時間を消費し、中途半端なスキルだけが手元に残った。

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情熱が冷めた今、残されたのは「結局、自分は何者にもなれなかった」という冷徹な事実と、

自己嫌悪の山だけ。

スキー場に行かなくなったのは、雪山が嫌いになったからではなく、

雪山に映し出される「冴えない自分」を見たくなくなったからではないか。

そんな仮説が、頭をよぎります。


5. まとめ:それでも冬は過ぎていく

現在の状況を客観的に見れば、管理人は人生の岐路ならぬ「趣味の岐路」に立たされている。

無理をしてシーズン券の元を取るためにスキー場へ向かうのか、

あるいは「これまで十分楽しんだ」と自分に言い聞かせ、別の楽しみを見つけるべきなのか。

一般の方から見れば「たかが趣味じゃないか」と思われるでしょう。

しかし、30年を捧げた人間にとっては、これは一つの生き方の否定にも繋がる重い問題なのです。

ただ一つ言えるのは、今のまま「下手になっていく自分」を呪いながら滑っても、

雪山は微笑んでくれないだろう・・・知らんけど。


いずれにしても、続けるか止めるか・・・

年齢的に、残されたスキー人生もそう長くはない。

下手になりながらもしぶとく続けるのか?

きっぱりと止めるか、それが問題だ。

遊びとして割り切って楽しめるようになれれば良いのだが、

管理人自身の気持ちの整理が付かない。

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