【ライディング術】「落ちそうなほど体を入れているのに何故?」アマリング1.5cmに残る技術と理性の境界線!

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030-自動車とバイク

へっぽこヘタレアラフィフ親父ライダーの管理人です。

今週末も・・・

愛機のMT-09SPの慣らしをチマチマと頑張ります。

最近は、仕事に辟易し、重い足取りで自宅に帰ったとは・・・

ガレージのシャッターを開け、そこに鎮座する愛機、2024年式 Yamaha MT-09SP を眺めるのが日課かな?

さて、今回も慣らしとしていつものお散歩コースをそれなりのペースで流してきた。

帰宅後、タイヤの表面を凝視すると、そこにはリアタイヤの端に約1cmから1.5cmの未接地部分。

いわゆる「アマリング」が、残酷なほどくっきりと残っている。

今回もそれほどタイヤの端を使えなかったな。

自分としては「これが限界」というところまでバンクさせているつもりなのだが、

やはり、管理人の腕はまだ「ヘタレ」の部類なのだろうか。

そんな自問自答を解決すべく、今回もAIとの対話を通じて導き出した、

論理的な分析結果を整理しておきたい。

現状のプロファイリング:過剰なアクションと「拒絶」

まず、管理人の現在の走行状態を客観的に整理する。

車両はMT-09SP。

サスペンション設定は、路面の追従性を重視した「かなり柔らかい」セッティングだ。

空気圧は、タイヤのライフを優先し、メーカー指定の標準圧(リア2.9)を遵守している。

次に管理人のライディングフォーム。

お尻をイン側に大きくずらし、上体も斜め下へ落とし込む、いわゆるハングオフ。

セルフイメージでは「バイクから落ちそう」と感じるほど深く体を入れている。

しかし、その一方で、公道のギャップに対する恐怖心から、両足で強固にニーグリップをしているという矛盾した挙動も見られる。

この「攻めの姿勢」と「守りのグリップ」が、タイヤの接地端にどのような影響を与えているのだろうか?

分析:なぜ「落ちそうなほど倒している」のにアマリングが残るのか

生成AIによって導き出された結論は、皮肉なものであった。

管理人の技術がないのではなく、むしろ「体の使い方がバイクの性能に対して効きすぎている」可能性があるというのだ。

  • 強力な重心移動の代償: 体を大きくインに入れているということは、それだけ強力な「イン側への重心移動」が機能していることを意味する。結果として、バイクを深く寝かさなくても、遠心力とバランスが取れてしまい、「曲がれてしまっている」のである。バイクを寝かせてアマリングを消すことと、効率よく曲がることは、実は必ずしも一致しない。
  • ニーグリップの「ブレーキ」: 恐怖心からくる強固な両足ニーグリップ。これが無意識のうちに、車体を垂直方向に引き止める力として働き、バンクの深化を妨げている可能性がある。
  • オーバーステアの罠: MT-09SPの鋭い旋回性と、柔らかいサスペンションの組み合わせ。これにより、フロントがインに入り込みすぎて「内側に切り込みすぎる」状態を誘発している。それ以上バンクさせようとしても、すでにバイクがインを向きすぎているため、物理的にバンク角を稼げない状況に陥っているのだ。

「消す」ための論理的な一手:あえての「引き算」

では、アマリングを消すためにはどうすべきか。

それは、これまで「良し」としてきた操作をあえて捨てる、勇気ある退歩が必要になるかもしれない。

まずは、ライン取りの変更である。

オーバーステアを相殺するため、より「アウト・イン・アウト」の「アウト」を意識し、

コーナーの奥まで我慢してから一気に寝かす。

次に、フォームの微調整だ。

お尻のずらし量をあえて「半分」にする。

重心移動による旋回効率を意図的に落とすことで、バイクをより深く寝かせる「余地」を作るのである。

さらに、セッティング面での歩み寄りも不可欠だそうだ。

管理人が頑なに守ってきた「リア2.9」という高圧。

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これを自己責任においてわずかに下げることで、タイヤの「潰れ」を作り、接地幅を広げる。

同時にサスペンションの「伸び側減衰」を強め、ギャップ後のおさまりを良くすることで、バンク中の安心感を担保する。

「生存本能」というリミッター

しかし、ここで管理人の脳裏をよぎるのは、コケたくないという防衛本能。

管理人はアラフィフという年齢であり、職場では監督職を務める身だ。

バイクで転倒し、大怪我をして仕事を休むという愚行。

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それは、公務員として、あるいは責任ある立場として、最も避けねばならない事象である。

公道のギャップに対する恐怖心は、人間が持つ正しい「生存本能」だ。

アマリングが残っているということは、その1.5cmの余白が、そのまま「命のマージン」として機能しているということでもある。

「バンクさせずに曲がる」のが究極の理想だと理解しつつ、アマリングを消したいという自尊心との葛藤。

だが、客観的に見れば、管理人の現在の状態は「高度な重心移動」が正しく機能している結果であり、決して「下手」と断じられるものではないらしい。(生成AIによるハルシネーションの可能性あり)

大人の趣味とは「余白」を愛することである

結局のところ、大人のライディングとは、タイヤの端を消すことではなく、 「どれだけ高い技術を持ちながら、その技術を誇示せずに余白(マージン)として残せるか」 の連続である。

タイヤの端に残った1.5cm。

それは、管理人が無事にガレージへ帰還し、冷えたビールを煽るための「通行証」のようなものだ。

もし、この先どうしてもアマリングを消したくなったなら、それは公道ではなく、サーキットというクローズドな環境で、リスクを管理した上で行うべきであろう。

今回も、無事に帰ってこれて良かった。

バイクを磨き終え、微かに残るタイヤの端を眺めながら、管理人は思う。

「この1.5cmこそが、俺の理性の証である」と。

自分を納得させるための言い訳かもしれないが、

その納得こそが、長く趣味を続けるための秘訣なのかもしれない。

※最近は以前ほどバイクにのって楽しいとは思わないが・・・

ただ、リーンウィズでバイクをバンクさせるほうがよほど怖いな。

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