へっぽヘタレド底辺公務員の管理人だ。
最近は新聞やラジオ、テレビニュース、ネットのタイムラインに至るまで、「〇〇市で20%キャッシュバック」「独自の地域ポイントで経済を活性化」といった華やかなキャンペーンの話題を見聞きしない日がない。
しかし、世間から見れば一見おトクに思えるこれらの事業に対し、どこか冷めた視線を送り、「そもそも税金をわざわざむしり取って、ポイントという面倒な形で配り直すのはおかしいのではないか」と違和感を抱いている読者も少なくないはずだ。
現在の状況を客観的に見渡してみても、その直感的な不信感は100%正しいと言わざるを得ない。
経済学や行政学の観点から見ても、その指摘は完全に正論だからと管理人は考えている。
結論から言うと、この手のポイント事業は、国民全体や地域経済にとっては「完全な大赤字のマイナス投資」に過ぎない。
しかし、その一方で、特定の一部の人たちにとっては「大儲けできる完璧な経済的合理性」が存在するのだ。
この不条理極まりない仕組みの実態を、客観的な事実から暴いてみようと思う。
まさにマッチポンプ。
経済的合理性は「完全なゼロ(むしろ大損)」
「地域経済の活性化」という耳障りの良い大義名分が、データ的にも理論的にも完全に破綻している理由は、大きく分けて3つあるそうだ。
第一に、消費の「先食い」と「置き換え」に過ぎないという点。
ポイントによって一時的に増えたように見える消費のほとんどは、「どうせ数ヶ月以内に買う予定だったもの」を前倒しで買っただけか、あるいは「普段から現金で払う予定だったものをポイント決済に変えただけ」である。
つまり、地域に新しい富や需要はほとんど生まれていない。
第二に、摩擦コスト、いわゆる「中抜き」による富の目減りである。
仮に100億円の現金をそのまま住民に給付するか、あるいは同額を減税すれば、100億円の価値がそっくりそのまま社会に回る。
しかし、これをポイント事業にした瞬間、民間のプラットフォームへの決済手数料や、システムの開発費、さらには業務委託費用として、貴重な税金の数十%が途中で消えてなくなる。
第三に、ポイント終了と同時に効果も終了するという現実だ。
過去に多くの自治体が行った実証実験のデータを見ても、ポイントの付与期間が終わった瞬間に利用者は激減している。
持続的な地域経済の活性化や、地元の店へのリピーター定着には全く繋がっていないことが証明されているのである。
なぜ「簡単な計算」なのに事業を進めるのか?
国民が明らかに損をするシステムであるにもかかわらず、政治家や役人が必死になってこれを推進する背景には、構造的な「裏のインセンティブ」が存在するのであろう。
まず、国からの「人質」とも言える補助金・交付金の存在がある。
「ポイント事業をやれば交付金をあげるよ」といった無言のプレッシャーが国から掛かる場合もある。
昨年度補正予算の重点交付金は現金でもキャッシュレスでも良かったが・・・
そんなもん自治体に丸投げするくらいなら、国が一括してマイナンバーカードに紐づけした口座に振り込めば丸く収まった話である。
しかし、国はそれをやらない・・・
例えば、自治体の首長からすれば、隣の街が国の予算を引っ張って派手にアピールしている中で、「うちはやりません」とは言えず、乗っかるしかないという現在の状況があるだろう。
次に、選挙を見据えた政治的パフォーマンスとしての「見栄えの良さ」だ。
「住民税を3%下げました」という地味でクリーンな構造改革を行うよりも、「〇〇ペイで20%還元!」と大々的に宣伝した方が、有権者へのアピールとしては格段に分かりやすい。
・・・かもしれない・・・
現在の方が管理人的にはいいけどね。
「何かおトクなことをやってくれている」と錯覚する層を惹きつけるための、格好の道具に使われているわけである。
そして最後が、「紐付き予算」による地方支配だ。
国としては、自分たちがトップダウンで推進したい「デジタル化」や「マイナンバーの普及」に予算を無理やり使わせたいため、あえて利用制限のついたポイントという歪な形で予算を配るのである。
この事業が量産する「無意味な仕事」
この歪な仕組みを維持するためだけに、私たちの税金を使って「誰の生活も便利にしない、社会的に全く無意味な仕事」が大量に作り出されていることも見逃せない。
国から交付金を引っ張ってくるためだけに、中身のない横文字だらけの計画書を作成するコンサルタントや役人の仕事。民間大手のアプリをそのまま使えばいいものを、わざわざ自治体ごとに乱立させ、バグ修正やサーバー監視という名目で予算を貪るITベンダー。
さらには、ショッピングモール等に配置される高齢者へのスマホ操作説明員や、複雑すぎる制度が生み出したクレームに対応するコールセンターなど、本来は不要なはずの人手と労力が山のように投入されている。
制度をはじめから「一律減税」や「現金給付」にするだけで、教える側も教わる側も、これら膨大な時間とコストは一切不要だったはずだ。
人手不足が叫ばれる現代の日本において、医療や介護、ものづくりの現場に人が行かず、税金によって守られた「無意味な事務作業」に貴重な労働力が吸い上げられている。
これが国全体の生産性を大きく押し下げている深刻な副作用なのだ。
誰のための「経済的合理性」か?
管理人たちが納めている税金がどのように動いているのか、それぞれの視点から計算してみれば、この事業の本質が綺麗に見えてくる。
- 納税者・国民の計算:集められた税金 - 中抜き(システム費や委託費) = 大マイナス
- 利権に群がるインサイダー(IT業者・広告代理店・役人・政治家)の計算:国の予算獲得 + 選挙の実績アピール + 中抜き利益や天下り先の確保 = 大プラス
一般人の視点から見れば、これほどアホらしいマッチポンプはない。
しかし、社会全体の経済的合理性を犠牲にしてでも、一部の身内の利益という「彼らにとっての経済的合理性」を満たすために、今日もこの事業に私たちの貴重な税金が投入され続けている。
変に最新のデジタル施策だとありがたがったり、おトクさに目を奪われたりするのは時間の無駄だ。
管理人たちはこの不条理な構造を冷徹に見つめ直さなおし、世に問うていかねばならないだろう。
しかし、なんで日本人ってこんなに無駄な作業が好きなのだろう?
効率化とか生産性向上とか言っておきながら真逆の事を平気でやるんだよな。


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