【必死】介護認定更新の落とし穴!「調査時だけハキハキ」で施設退所を防ぐ家族意見書の重要性!

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貧乏アラフィフ親父の管理人です。

さて、今年は2年に1回の母の介護認定の更新年度です。

管理人の心をさらに重く沈ませる、極めて切実かつ「生存」に関わる問題です。

かつての「在宅介護という地獄」を振り返る

管理人の母は、現在いわゆる「後期高齢者」であり、

数年前から専門の施設でお世話になっています。

施設に入所してからの数年間、正直に告白すれば、管理人の生活は劇的に「楽」になりました。

しかし、それは裏を返せば、それ以前の在宅介護が「想像を絶する地獄」であったことを意味します。

母は長年、統合失調症を患っていました。

その精神症状は凄まじいものでした。

「見えないものが見える」という幻視に加え、それに伴う虚言や不穏な言動。

24時間の見守りが必要な状態であり、管理人は仕事中もいつ電話が鳴るかと、

生きた心地がしませんでした。

昼夜を問わず繰り返される徘徊。

行方不明になり、警察に保護されたことは一度や二度ではありません。

深夜や雨の中で母を捜索する絶望感は、経験した者にしか分からないでしょう。

また、意味もなく壁やドアを激しく叩くといった破壊的、示威的な行為も日常茶飯事であり、

管理人の自宅は精神的な平穏とは程遠い「戦場」と化していました。

さらに深刻だったのは、社会的なトラブルです。

診療時間外に病院へ押し掛け診察を強要する、訪問販売に騙されて高額な契約を繰り返す。

対人トラブルは絶えず、管理人はその尻拭いに奔走する日々。

精神障害者保健福祉手帳2級の認定を受けてはいるものの、現行の介護保険制度の中では、

こうした「精神症状」が身体的な衰えほどには評価されにくいという、

残酷な現実を突きつけられてきました。

「更新」という名の恐怖:判定が下がる=施設退所

現在、母は施設という安全な箱の中にいます。

プロのスタッフに支えられ、管理人の精神的な負担は大幅に軽減されました。

しかし、この平穏は「要介護度」という危ういバランスの上に成り立っているに過ぎません。

介護認定には更新があります。

そして、この更新のたびに管理人はハラハラと、文字通り胃を痛めることになります。

なぜなら、もし認定調査の結果、介護度が下がってしまうようなことがあれば、

現在入所している施設にいられなくなる可能性が極めて高いからです。

一般の方から見れば、「元気になったのなら良いことではないか」と思われるかもしれません。

しかし、介護現場における「元気」と、実際の「介護の負担」は必ずしも一致しません。

特に母のようなケースでは、ある「特殊な現象」が調査の結果を歪めてしまうのです。

「調査時限定のハキハキ」という罠と、家族意見書の重要性

認知症や精神疾患を抱える高齢者には、不思議な現象がよく見られます。

それは、認定調査員という「他所様(よそさま)」が来たときだけ、

驚くほどしっかりとした受け答えをしてしまう、

いわゆる「内弁慶」の逆バージョンです。

日頃は自分の名前すら曖昧で、不穏な言動を繰り返していても、

調査員の前では背筋を伸ばし、

にこやかに「自分で何でもできます」・「困っていることはありません」と答えてしまう。

このわずか30分から1時間程度の面談内容だけで判断されては、

実態とかけ離れた「軽い判定」が出てしまうのは火を見るより明らかです。

そのため、管理人が近年徹底しているのが「家族意見書」の提出です。

現在は施設に入所しきりであるため、調査員が母の日常の「真の姿」を見る機会はほとんどありません。

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だからこそ、これまでの日々の不穏な言動、認知機能の欠如、社会的なトラブルの履歴などを、

詳細に書き記した書面を提出することが必須だと考えています。

「面談は一期一会だが、介護は日常である」

この事実を調査員やケアマネジャーに突きつけるために、家族意見書は最大の防衛手段となります。

最近では、少子高齢化による社会保障費の圧迫からか、介護認定のハードルが年々厳しくなっているという噂も絶えません。

ただでさえ「切り捨て」が進む時代、こちらが必死に声を上げなければ、

あっという間に「自立に近い」と判定され、地獄の在宅介護へと連れ戻されてしまうのです。

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残された時間と、管理人なりの「祈り」

管理人の親父は、60歳を前にしてこの世を去りました。

そして今、管理人もまた、その年齢に着実に近づきつつあります。

白髪も増え、体力も衰えた。

愛車のスイフトスポーツの樹脂パーツを雪道で割ってしまうようなヘタレな運転しかできません。

もし今、母を再び自宅で支えろと言われたら、共倒れになる未来しかありえません。

現在の日本の介護制度は、家族の自己犠牲を前提に設計されている部分が多すぎます。

公務員として組織の理不尽に耐え、議会対応でメンタルを削り、

なおかつ私生活でも「介護の爆弾」を抱え続ける。

これが、地方で生きるアラフィフ親父の現実なのです。

管理人はいつ死ぬか分からん、という予感が常にあります。

不謹慎を承知で、しかし極めて現実的な本音を語らせてもらうならば、

管理人にお迎えが来る前に、母には安らかに、施設でその天寿を全うしてもらいたい。

母が先に逝き、その後を追うように自分が消える。

それが、この過酷な現代社会において、

管理人が望み得る唯一の「理想のエンディング」です。

今回の介護認定更新。

どうか、母の「ありのままの絶望的状況」が正しく評価されますように。

家族意見書という名の、最後の手紙を書きながら、管理人は今日も不条理な日常を耐えるしかあり間遠。

施設から追い出されるわけにはいかない。

この平穏を守るためなら、管理人は何度でも泥臭いまでの「家族の叫び」を紙面に叩きつけます。

それが、母のためであり、そして何より、自分自身が生き延びるための、唯一の道です。

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