アラフィフ超ド底辺地方公務員の管理人です。
さて、昨年度末の2026年3月。
地方自治体の現場に身を置く者にとって、この数字は単なるカレンダーの印ではなかった。
国が主導する「地方公共団体情報システムの標準化」という巨大な歯車が、
自治体という現場を飲み込もうとするデッドラインである。
デジタル庁が掲げる「優しいデジタル化」という美名の下で、いま何が起きているのか。
いちおうのITストラテジストやシステム監査技術者としての視点、そして現場の監督職として、
この「構造的欠陥」の全容をアーカイブとして記録しておきたい。
まぁグチなんだけど。
「運用経費比較」という名の論理的破綻
まず指摘すべきは、ガバメントクラウドの運用経費補助(最適化計画)を受けるために提出亜が必要な、令和5年度対比での運用経費比較の無意味さである。
以前の記事でも触れたが・・・
国は「クラウド移行によるコスト削減」を掲げるが、その比較のベースラインとなるオンプレミス時代のコスト算出自体が、情報の非対称性により破綻している。
- コスト構造の不可視化:従来のシステムは、サーバー購入、リース、保守、ネットワーク、そして共通経費が複雑に絡み合った「一括契約」の中に紛れている。標準化対象となる20業務分だけのコストを、精度高く切り出すことなど不可能に近い。
- 「鉛筆を舐める」算出:結局のところ、算出根拠が曖昧な「推計値」同士を比較しているに過ぎない。客観的な評価指標になり得ない数値を用い、コスト増減を議論すること自体が、極めて非論理的である。
客観的に見て、算出できない数値を無理やり算出させ、それをKPI(重要業績評価指標)に据える姿勢こそ、行政運営の歪みを象徴している。
「BPR」の失敗と現場に丸投げされたIaaS管理
BPR(業務再構築)とは、本来、効率化によって現場の負担を軽減させるものであるはずだ。
しかし、ガバメントクラウド移行の実態は、その真逆を行っている。
本来なら、自治体にインフラを意識させない「SaaS(Software as a Service)」の提供こそが理想であった。
しかし、蓋を開けてみれば、自治体側が自らインフラ(IaaS)を管理し、複雑怪奇な契約事務やガバコネ(ガバメントクラウド接続)の手配、回線調整を担わされる「業務の追加」が発生している。
- 人材のミスマッチ:全国1,700を超える全自治体に対し、AWSのSAP(Solution Architect Professional)級の高度な専門知識を求めるのは、あまりに非現実的だ。
- 地方ITエコシステムの崩壊:これまで長年、地域のシステムを支えてきた地場ベンダーの切り捨てに近い状況は、20〜30年先を見据えた地方のITインフラ維持において、回復不能なダメージを与えるリスクを孕んでいる。ただしこれに関しては20〜30年後には地場ベンダーが残っていないリスクもあることから慎重な検討が必要だ。
デジタル庁が「仕事のための仕事」を量産している現状は、BPRの敗北と言わざるを得ない。
「Well-Architected」不在のコスト最適化計画
国の求める「コスト最適化計画」にも、技術的な欠陥が見て取れる。
クラウドの世界には、AWSが提唱する「Well-Architected Framework」のように、運用性、セキュリティ、信頼性、パフォーマンス、コストを最適化するための確固たる設計指針がある。
しかし、現在自治体に求められている「計画」は、単なる予算管理の枠組みに過ぎない。
- コスト増の確信:移行後の運用経費が数倍から10倍に膨れ上がる団体が出る可能性がある。
- 設計の不備:技術的な最適化(Rightsizingやインスタンスの柔軟な変更)よりも、硬直化した予算枠にシステムを当てはめる作業が優先されている。これではクラウドの利点である「弾力性」を享受することなど到底叶わない。
公会計の硬直性が生む多重構造のキャッシュフロー
技術的に可能であっても、古い法制度や慣習が「最適解」を拒んでいる。
現在の支払いフローは、国→自治体→デジタル庁→クラウド事業者という、極めて非効率な多重構造となっている。
「国がクラウド事業者へ直接支払い、リソースの利用効率を国側で一括監視・制御する」
技術的にはこれが最も低コストで効率的な「全体最適」であるはずだ。
しかし、会計法や地方自治法といった古い制度を盾に、そのアップデート(BPR)からデジタル庁は逃げ続けている。
この事務負担増に伴う人件費や委託費の増大は、巡り巡って「地方交付税」として国に跳ね返る。
財務省が入り口の直接予算を絞ったところで、出口で交付税が膨らめば、国家全体のトータルコストは1円も下がらない。
これは「財務省・内閣府を巻き込んだ全体最適」の欠如が生んだ、壮大なブーメランである。
「2025年度末」という政治的パフォーマンスの代償
戦略的な順序の誤りも致命的である。
「2025年度末」という期限は、技術的な裏付けに基づいたものではなく、政治的なパフォーマンスの結果として設定された。
このデッドラインありきの進行が、現場に「リフト(載せ替え)」と「シフト(最適化)」の同時並行という、ITプロジェクトにおける最悪のアンチパターンを強いている。
本来ならば、
- シフト先行:SaaS化・標準化を先行させ、自治体にインフラを意識させない形を整える。
- リフト先行:まずは単なる載せ替えを完了させ、移行後に順次最適化の猶予を作る。
このどちらかであるべきだった。
拙速なリフト&シフトの混同は、システムの複雑性を増大させ、将来の改修コスト=「技術負債」を増大させるだけである。
ロックインの継続と「偽りの標準化」
「標準化」という言葉も、実態を伴っていない。
データレイアウトのみを共通化しても、アプリ内部のDB構造やロジックがブラックボックスであれば、他製品への切り替えは依然として困難だ。
特定のクラウドでの動作しか保証しないアプリベンダーの姿勢により、マルチクラウドの利点も死んでいる。
これは「ベンダーロックイン」が「クラウドロックイン」に形を変えただけであり、真の意味での標準化からは程遠い。
結論:高度専門人材の浪費という国家的損失
最後に、一人の現場職員として、記しておきたい。
例えば自治体にITストラテジストやシステムアーキテクトの資格を持つ職員がいるならば・・・・
工数を、こうした不毛な事務作業や、制度のバグを埋めるための調整作業に消費させること自体が大きな損失である。
本来、その専門知見は、住民サービスの質を向上させ、地域課題を解決するための戦略立案に充てられるべきものだ。
デジタル庁は、現場の犠牲の上に成り立つ「見せかけのデジタル化」を猛省すべきである。
我々が望むのは、技術と制度が真に融合した、持続可能な「未来の行政システム」なのだ。



コメント